弁護士法人 大阪パブリック法律事務所
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テロ等準備罪(共謀罪)について,所長・下村忠利弁護士の論稿を掲載しました

“ われは知る,テロリストのかなしき心を ”

                                 (1911.6.15「ココアのひと匙」石川啄木詩集)

 テロ等準備犯を弁護する気構え

2017.8.25 下村忠利

 

はじめに

テロ等準備罪(共謀罪)は本年2017(平成29)年7月から施行された。「稀代の悪法」がまかりとおりはじめた。

一般市民を対象としない刑罰法規はない。これからわが国の一般市民は新設された277罪もの「二人以上計画罪」の嫌疑で監視され,捜査され,起訴されることになる。さらに「不正権益を維持し,もしくは拡大する目的遂行の計画罪」もある。

われわれは,この悪法による被疑者・被告人の刑事弁護を準備しなければならない。

筆者は,組織犯罪集団とされる暴力団,オウム真理教集団,過激派政治党派,特殊詐欺のグループなどの構成員の弁護を今まで数多く担当してきた。そのような刑事弁護人のひとりとして,いま熟考をしているところである。

 

1世紀前の話から

もはや嘆いていても仕方がない。

100年以上むかしの石川啄木の詩からはじめることとする。

表題は,筆者が中学生のころから,親しんだ1911年の啄木の詩である。

1910(明治43)年6月,明治天皇の暗殺計画に関与したということで,刑法73条の大逆罪により幸徳秋水ら数百人が逮捕される(同条は1947(昭和22)年に削除されている)。

1911(明治44)年1月18日には24名が証人尋問もなされないまま,大審院で死刑判決を受け,わずかその6日後の1月24日には幸徳ら12名の絞首刑が執行される。

陰謀・計画だけで死刑という凶暴なフレームアップ事件である(ちなみに今も刑法78条に内乱陰謀罪がある)。

冒頭の詩は,啄木がこの幸徳秋水らをうたったものと言われており,今まで筆者もそう認識していた。しかし,よく考えてみるとこれは少しおかしい。

幸徳秋水はテロリストではなく,明らかなえん罪者である。

弁護団は権力によるえん罪事件として,無罪主張の弁護活動を展開している。石川啄木は弁護人を通じて,この事件の記録をみているし,幸徳秋水の「陳弁書」の註釈もしている。

その啄木がえん罪への「怒り」でなく,「かなしき心」をうたうのは,やはり何かおかしい。

 

安重根(アンジュングン)のこと

筆者の不勉強を恥じるが,最近,この啄木の詩のテロリストは,1909(明治42)年10月26日に,清国のハルビン駅頭で伊藤博文(日本国初代内閣総理大臣,その後,初代朝鮮統監)をけん銃で射殺した安重根を指すのではないか,と言われていることを知った。

ロシア官憲に逮捕された安重根は日本帝国に引き渡され,旅順の関東都督府地方法院で裁判が行われ,1910(明治43)年2月14日,死刑判決を受けている(真鍋十蔵裁判官)。検察官(溝渕孝雄)は死刑執行は少なくとも2~3ヶ月後であるとしており,安重根は獄中記などを執筆していた。

ところが,急遽執行という指示が出され,同年3月26日,安重根は熱心なカトリック信者(洗礼名トマス)として神に祈りをささげた後,「東洋平和のために御尽力されることを願う」と言い残して,絞首刑となっている(32歳であった)。

安重根の死刑執行の5ヶ月後の1910(明治43)年8月29日,「併合」により朝鮮国は消滅した。

ここで,また,世間をおそれぬ啄木の感性あふれる歌・・・・

地図の上 朝鮮国に くろぐろと

墨をぬりつつ 秋風を聴く    (石川啄木歌集)

「かなしき心のテロリスト」が幸徳秋水なのか,それとも安重根なのかは,1912(明治45,大正元)年4月13日,啄木が赤貧のうちに肺結核死(26歳の若さ)しているので,もはや尋ねようもない。

 

テロリストの弁護

安重根の二名の官選弁護人は刑場で死刑執行に立ち会い,「東洋平和のために」万歳を唱えることを申し出たものの,拒絶されたという。

100年前の刑事弁護人のこのような気概が現代のわれわれにあるだろうか。

筆者は,テロリスト安重根の官選弁護人がどのような弁護をしたのか知りたいと思い,「安重根事件公判速記録」(満州日日新聞社発行)を探し求めて入手した。

安重根本人は,「私は義兵としてやったのであるから国際公法の適用を求める」と,確信政治犯としての陳述をしている。

二名の官選弁護人はこの被告人のため,絶対主義天皇制の権力下における公判廷で,長時間にわたって熱心な弁論をしている。

鎌田正治弁護人は,「清国での犯罪について,韓国人に日本の裁判権は及ばない。この法廷の管轄外である」と勇気ある論陣をはっている。

主任の水野吉太郎弁護人(後の高知弁護士会会長)は,桜田門外の暗殺事件を例にあげ,安は幕末の志士と同じく朝鮮の志士であると弁論し,その情をくんで,殺人犯としては最も軽い「懲役3年」にすべきであると主張している。まさに,当時の世論を敵にまわす熱烈弁論である。

100年前のわが国の刑事弁護人の壮絶な迫力には頭が下がる思いがする。

(ちなみに,歴史から覆いかくされてはいるが,伊藤博文は,幕末のころは伊藤俊輔という長州過激派テロリストであり,高杉晋作とともに何人も殺害している)

 

その後の治安法の主な経過

1925(大正14)年 治安維持法が成立する。

1928(昭和3)年3月 共産党員とその支持者千数百名が一斉検挙される(3・15事件)。この年,治安維持法の大改悪。帝国議会で成立させることができず,議決を省略して,「緊急勅令」で立法する。

その内容は最高刑に死刑を導入する著しい重罰化であり,「目的遂行のためにする行為」を新設して処罰を拡大している。

1933(昭和8)年9月13日,治安維持法違反の被告人を弁護する弁護活動が「目的遂行のためにする行為」にあたるとして,布施辰治弁護士ら17名が一斉逮捕される。

あらゆる表現,集会,団体,演劇,運動会に至るまでを肥大化した特高と憲兵が取締まることになる。そして,拷問が常態化する。

そこで,裁判官は予審判事として大活躍していくのである。

 

あらためてテロ等準備罪について

テロ等準備罪はあまりにも多くの犯罪の「計画」のみならず,その「目的遂行計画」まで取締まる構造になっている。刑法典を改正しないまま,傷害計画罪,詐欺計画罪,窃盗計画罪,偽証計画罪・・・と277罪の新設,加えてその目的遂行計画罪。さらには,その共謀罪を共謀した共謀共謀罪への拡大。

すでにわが国の裁判所は,「共謀」概念について,国際的にも驚くべき拡大をした共謀共同正犯の判例(「共謀は黙示的なもので足りる」「未必的でもよい」)を作り上げている。

西原春夫氏(早稲田大学名誉教授)は,「憂慮すべき最近の共謀共同正犯実務」(2006年刑事法ジャーナルNo.3)で,暴力団のけん銃所持事案の共謀を認定した最高裁判例について,次のように言っている。

「特筆に価する恐ろしい判例だ」

「今後の拡大可能性を防ぐことに,学界も実務界も全力をあげなければならない。かつて圧倒的通説から激しい批判を浴びながら共謀共同正犯是認の論陣を張り,判例理論を擁護し続けてきた者の立場からするのっぴきならない発言であることにご注目いただきたい。」

テロ等準備犯の「共謀」について,この憂慮すべき実務を踏まえた運用がなされていくであろう。恐ろしいことである。

 

まとめ

いま日本国家の権力は,自分たちの不都合な情報や活動を取締まる強力な武器と,きわめて都合のよい判断をしてくれる裁判所,密告者と司法取引ができる便利な司法制度を手にしている。

それに加え,社会に張りめぐらされた監視カメラ,GPSによる監視,メールなど全ての通信の傍受が可能となっている時代である。

これらは,啄木の時代,治安維持法の時代とは比較にもならない。

われわれ現在の刑事弁護人の責務は深く重い。

過去から未来へ貫く熱心弁護の気構えが求められる。

 

以下は,余談である

安重根の絞首刑を強引に進めた関東都督府の大島義昌都督(長州閥)の玄孫(孫の孫-いわゆる「やしゃご」)が日本国第96代内閣総理大臣安倍晋三である。

いま,憲法改変クーデターを強引に進めようとしており,「かなしき心」を決して知ることのない人物である。

以上